このブログの著者について

著者プロフィール

taku

はじめまして、takuです

1991年生まれで千葉県育ち。現在も千葉県で、妻・子ども・犬と一緒に暮らしています。
会社員として働きながら、副業でキャリアコンサルティングやブログの執筆を行っています。

当ブログでは、毎日の生活を少しでも心地よく過ごすためのヒントを発信しています。読んでくださった皆さんが、それぞれの「心地よさ」を見つけていただけると嬉しいです。

ここからは、私自身をもう少し知ってもらうために書いた「自分史」を紹介します。長くなりますが、お時間があればぜひ読んでみてください。

幼稚園時代(1991年9月14日生まれ)

1991年9月14日に生まれました。幼少期から身体を動かすのが好きで、歩くのも早く、体を使う遊びには自信がありました。外で遊ぶのが大好きで、いつも落ち着きなく元気に走り回っていた記憶があります。

一方で、幼稚園では先生の言うことをなかなか聞かず、卒園式の練習で集中できずに居残りをしたことも。園長先生とふたりきりで練習したのは今では笑い話です。
食べ物の好き嫌いはほとんどなく、特に卵ボーロが大好物。母と過ごす時間が多かったのに対し、父は子育てを苦手としていたようで、どこか距離を感じていました。祖父母の家へもよく遊びに行きましたが、経済的にはあまり余裕がなく、フルーツを買うのも簡単ではなかったです。2歳年下の弟が生まれ、家族が増えたことで一段とにぎやかになりました。

小学生時代

小学校では友人の勧めでサッカーを始めたものの、途中で嫌になってやめたくなったことがあります。しかし、仲間が熱心に引き止めてくれたおかげで続けられ、「仲間と一緒だから頑張れる」という感覚を得ました。

当時、学校内でイジメがあり、「自分がターゲットにならないように」と常に周りを気にしていました。友達のお兄さんのプレステソフトが壊れたときに、自分のせいにされるかもとビクビクしたり、ケガをしたりと落ち着かない日々。
さらに7歳年下の弟が生まれ、家はますますにぎやかに。そのぶん、「もっと自分に注目してほしい」という思いも強くなっていた気がします。

中学生時代

中学では本格的にイジメを受け、お金を取られることもありました。やんちゃな先輩たちに囲まれながら、ビクビクしつつ過ごした毎日。サッカー推薦で高校を目指しましたが、自分をアピールしきれず落ち、挫折を味わいました。
部活でAチームに入れずBチームだったものの、時々Aチームに勝てたときの喜びは格別。少しだけ「自分にもできることがあるかも」と思わせてくれる大切な経験でした。

塾では学力が一番低いクラスで勉強が苦手でしたが、「頑張れなくても劣等感を抱かない仲間」とつるむことで安心感を得ていました。逆に見栄を張って嘘をついたり、「自分は天才だ」と思い込みたい気持ちが強まったのもこの頃です。
受験で苦労しているときに先生が真摯に相談に乗ってくれたことが、「いつか自分も誰かの力になりたい」という思いを育んでくれました。

高校時代

高校では「周りの目を気にする」傾向がいっそう強まりました。サッカー部で坊主頭になるのが嫌で退部し、なんとなくバレーボールを始めてみることに。熱い思いがあったわけではありませんが、ママさんバレーを手伝ったときに喜んでもらえた経験が、「人の役に立てるとうれしい」と感じるきっかけになりました。

恋愛にも積極的になり、「自分が好かれている」とわかるとすぐに付き合うこともありました。ただ、相手の理想を演じるあまり、本来の自分が見えなくなることに悩んでいたのも事実です。

大学時代

大学時代になると、父とのコミュニケーションが増えました。幼少期にはあまり親しみを感じられなかった父とも、少しずつ会話をする機会が増え、家族や将来のことについて語り合う時間が増えていきました。いま振り返ると、一緒に過ごした時間はかけがえのない思い出です。

同時に、アパレルのアルバイトを始め、自分がコーディネートした服をお客様が気に入って買ってくださる瞬間にやりがいを感じました。また、店長がいきいきと働く姿に触発され、「仕事ってこういう楽しみ方があるんだ」と学んだのを覚えています。
とはいえ、見栄や嘘をつく癖は相変わらずで、海外留学している仲間を羨ましく思いつつ行動できなかったり、就職活動がうまくいかなかったりと、もどかしい時期でもありました。リボ払いで借金を作ってしまい、親に隠し続けていた苦い思い出もこの頃です。

社会人 20代前半

社会人になると、「優秀だと思われたい」という気持ちから、わかったフリで仕事を進めてしまいがちでした。結果が出ず転職活動もうまくいかないなか、長く付き合っていた彼女や同僚に浮気されるなど、プライベートでも苦しい日々が続きます。

そんなとき、コーチングのセミナーに参加し、「副業で自分を活かせるかもしれない」と気づきました。2年目で新しいプロジェクトにアサインされたものの成果が出せず、先輩やお客様に学びを乞うなかで、ようやく「自分は仕事ができないんだ」と自覚。そこから行動を改め、国家資格のキャリアコンサルタントを取得したのは、私にとって大きな転機でした。

社会人 20代後半

その後、人事の採用担当として「人を支える仕事」にやりがいを感じ始めた一方、部下のマネジメントや上司とのコミュニケーションに悩むことも増えました。
家の購入を考え、「年収900万円が必要」と本格的に転職活動を始めるタイミングで、アプリを通じて出会った方と結婚。ディズニーランドホテルのミラコスタで結婚式を挙げ、アメリカンコッカースパニエルの犬を迎え入れ、私生活は大きく変わりました。

副業で月収20万円を達成するなどお金の面で成果も得ましたが、「稼ぐだけが幸せじゃない」と実感し始めたのもこの時期です。

社会人 30代前半 ~現在

30代になると転職に成功し、年収は1.5倍になりました。はじめは大きな自信になりましたが、優秀な同僚たちに囲まれ仕事の難易度が急上昇。結果的にストレス性障害を発症し、3か月休職をすることになってしまいます。

さらに休職中に父が亡くなり、大学時代から深まっていた父との関係が突然断たれました。ほんの数年前まで関係が希薄だったからこそ、改めてコミュニケーションをとれるようになったこの時期の思い出は、今でもとても大切な宝物です。それだけに、「人生は本当に短い」という事実を突きつけられた衝撃は大きく、ストレスに押しつぶされながら生きるほどの余裕はないと痛感する出来事でした。

休職から復職後には子どもが生まれ、4か月の育休を取得して育児と仕事を両立させる日々。大変ですが、「自分のペースを大切にしながら生きる」ことを意識するようになり、日々のストレスや課題に向き合いながらも一歩ずつ前進しています。ちょうどそのときに出会ったAIを活用し、半ば諦めかけていたチャレンジにも挑戦するなど、試行錯誤の真っ最中です。

まとめ

もしあなたが、責任感や向上心から「もっと頑張らなきゃ」「今の自分じゃ足りない」と思いながら、心身の余裕をどこかで失いかけているとしたら、私の経験が少しでも参考になるかもしれません。私も長い間、自分の理想と現実のギャップに悩み、周りの評価を気にして背伸びをし続けていました。

しかし、父との死別を通して得た気づきは、人生は想像以上に短いということ。今しかできないこと、今だからこそ伝えられる言葉が必ずあります。ストレスに追われるあまり、大切な人との時間や自分自身の心の安定を犠牲にするのはもったいないと強く思うようになりました。
とはいえ、私自身もまだまだ道半ば。生成系AIなど新しい技術を取り入れつつ、自分のペースを守りながら前へ進んでいます。どうか、焦らずに一歩ずつ――ときには立ち止まって休む勇気を持ちながら、ともに未来に向かって進んでいきましょう。

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